もう15年くらい前の話です。
当時、働いていた会社で私のことをよく可愛がってくれた役員がいたのです。若くてお金の無かった私は、よくお酒をタカって飲ませてもらっていました。

具体的にはこういう手口でお酒をたかるのです。まず、役員に電話をかけます。

不惑「いや~、ちょっとご相談がありまして」
役員「どうしたの?」」
不惑「いや~、ちょっと電話ではいいにくくて」
役員「じゃあ明日の夜時間ある?△△のあの店来てよ、ちょっと話行くから」
不惑「わかりました」

翌日。

役員「で、どうしたの?」
不惑「いや~、とりあえず飲みましょう」

散々、役員の金で飲んだ後。

役員「で、どうしたの?」
不惑「あはは、なんでしたっけ?忘れちゃいました」

だいたいがこんな感じです。最初の一回だけは騙されてくれますが、二回目以降は「仕方ねぇなコイツ」みたいな感じで向こうもわかってくれて、飲ませてくれてます。
全然関係ないですが、歴代働いた会社で私のことを可愛がってくれた役員はすべからくハゲです。全員、同じ手口でお酒をタカっていたのですけど。なので、個人的にはハゲに悪人はいないと思っています。


さて、そんな感じで酒をタカって飲んでる中、当時の私が、旅行で、仙台で贔屓の球団と楽天の試合を観た帰り、山形の某所(○○市とします)に行った話をしたのです。自転車を貸してくれる宿に泊まって、自転車で市内の行きたいところを回ったんですよ~、みたいな話ですね。
そしたら「なんだ、行く前に教えてよ。俺は子どもの頃○○に住んでたから、同級生で店やってるやつとかがいて、紹介したらよくしてくれるのに」と。
いや、知ってたら言うから。さすがにタダ飯タダ酒にはありつけないでしょうが、いい店に安く行けたかもしれないのに。当時の私は薄給でした。


その後は、ひたすら○○市について語ってくれました。まあ大体はおじいちゃんの思い出話です。
現在(15年前だけど)の○○市について彼が語るには、「あの街はもうだめだよ、今は駅前に本屋が一つもないからね」だそうです。
彼いわく、「書店は文化」だそうで、「人がもっとも集まる駅前に書店がなければ、その都市の文化は衰退していく」そうです。
う~ん。真意がよくわかりません。「書店は文化」であることを否定はしませんが、○○市には決して書店が無いわけではない。あくまで「駅前に」書店がないだけですよね。駅前に書店がある必然性ってあるのかな?特に車で移動するのが基本のような地方都市で。

今年、地元の駅前にあったこじんまりしたチェーンの書店が閉店しました。
そこで、彼の言っていたを思い出した次第です。未だに、彼が言う真意はわかりません。別に没交渉という訳ではありませんし、法人設立にあたって挨拶はきちんとしていて、1月にも会ってお酒飲んでますからね。覚えてたら、直接聞いてみることにしましょう。

書店という存在が消滅するとは思えませんが、物理的な書籍の販売というビジネスが、斜陽産業であることは間違いはないでしょう。



出版とか小売りの業界にいたことがなくて、外から見てるだけですが、パッと思いつく理由はこんなものではないでしょうか。
・人口の減少
→ これはどの業種にも言えますね
・スペースの問題
→ スペースが少ない書店ほど、なかなか売れないものを仕入れるのはリスクが高いため小さい店ほど同じような品揃えになりがちに見えます
・ネット通販と電子書籍の普及
→ ネット通販であれば翌日か翌々日に、電子書籍であればその場で書籍にアクセスできてしまう。
 これは私もそうですが専門書を買うついでに、別の本もまとめて通販で買うことがあります。
 こういった形で、機会損失に繋がっています。
・サブスクの普及
→ 雑誌なんかは特に影響受けるのでは…


これはCDやDVD、玩具店、ゲーム屋なんかも同じことです。
昔は、レコード屋はレコード屋、本屋は本屋、玩具店は玩具店、ゲーム屋はゲーム屋、と、個人経営のお店がそれぞれ独立していましたよね。当時は人口も多かった訳ですし。


価値観の違いによって左右されるのでしょうが、昔はいい時代だったのでしょうか?わかりません。


しかし、それらは次第に淘汰され、今、生き残っているような多くの店舗は、書籍やCD・DVDなどを同一店舗で扱うなど、多角化して付加価値をつけて集客を維持してます。
個人店が潰れて、資本が入り多角化・集約化された大きめな店舗が残る、時代の流れではあります。
個人経営の町の雑貨店や酒屋、タバコ屋などが淘汰されてコンビニ化していった現象を目の当たりにしてきましたが、それに似ているように感じます。

ある程度の集客が見込めて、取り扱い製品を増やすことで客単価の向上や利益率の向上を達成できれば、イベントなどで販促をすることもできるのでしょう。

ネット通販って本当に便利なんですよね。大規模書店ならともかく、地元の書店ではほぼ取り寄せになる専門書などが翌日か翌々日には届きますので。洋書なんてまず手に入りません。
わざわざ遠出をしなくて良いし、重い本を持ち帰らなくてよいので非常に助かります。

電子書籍も非常に便利ですよね。
iPadだけ持ち歩けば、何冊も本を持ち歩く必要はありませんからね。思いつきで、その時読みたいと思った本をすぐ読むことができます。

かといって。以前も書きましたが、電子書籍が紙の書籍を淘汰することはあり得ないと考えています。結局のところは、棲み分けなんだと思います。行く着くべきところに行き着いたら、新しいイノベーションが起きない限りはそのままになるのでしょう。

会社の経費で買う本は会社の所有物であるわけでいずれ返却しなければならないのですが、電子書籍では返却ができませんので紙である必要があります。また、自腹で購入する本も後輩や部下にシェアするためには紙であることがベターです。


子ども向けの絵本や図鑑もそうでしょう。赤ちゃんにタブレットで本読ますの?って。ないないw
せめて小学校入ってからでしょう。知らんけど。
毎月1冊、妹夫婦宅に図鑑を送っているのですがこれも甥っ子2名で利用することを見込んでいます。電子書籍で図鑑とか買ってプレゼントするとかあり得ないですよ。

ちなみに図鑑を送るついでに、ポチっとして送ったこの「えほん百科」シリーズ、なんかめちゃくちゃ喜ばれています。甥っ子たちの年齢にあわせるのは当然なのですが、全種類買って送ろうかな。
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最後に本屋行ったのっていつだっけ?
覚えてないなぁ。だいたい、家にいてコンビニ行く以外の外出がそもそも稀ですからねぇ。

ChatGPTの反応

15年前のお話から始まって、書店の存在やその社会的意義、さらにはデジタル化の進展による物理的なメディア販売の現状など、幅広い話題に触れられていますね。
役員の方が言うように、「書店は文化」という考えは、多くの人にとって共感を呼ぶものかもしれません。確かに、書店があることで、人々は新しい知識や情報、感動を得る機会を持ち、それが集う場所としての駅前にあることは、その地域の文化的豊かさを示す象徴の一つになり得ます。
しかし、ご指摘の通り、ネット通販や電子書籍の普及は、物理的な書店や書籍のビジネスモデルに大きな変革をもたらしています。それはCDやDVD、ゲーム販売にも同様で、デジタル配信の便利さが、従来の販売形態を圧迫しています。
今日では、生き残るために書店を含む多くの小売業が、顧客体験を高めるために、品揃えの拡大やイベントの開催、カフェの併設など、様々な試みを行っています。これらは、顧客にとっての店舗の魅力を高め、デジタルとは異なる価値を提供することによって、集客を目指しています。
電子書籍の便利さは否定できませんが、紙の書籍には電子書籍では得られない価値があります。例えば、手渡しできること、物理的に所有する喜び、視覚や触覚を通じて感じることができる独特の魅力などです。絵本や図鑑のように、子どもたちにとっては、紙の書籍が持つ色彩の豊かさや触感が重要な役割を果たすこともあります。
最終的には、紙の書籍と電子書籍が共存し、それぞれの長所を生かした形で利用されることが、今後の文化的発展にとっても良い方向だと思います。デジタル化が進む中でも、人々が書籍に接することの価値や意味を見出し続けることが大切ですね。

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なんかつまらないなぁ、ChatGPTさん。
そういうコミュニティの役割を果たしていた書店ってそうそうないんじゃないのかな?
一部のやる気のあるお店が、そういった役割を果たしていて、それがなくなったのであれば文化的な損失と言えるのかもしれないけど。
小売店のビジネスだけではなく、色々なことにも言えるのですがパレート法則に近いものを感じてます。やる気のない店の方が多いんじゃないかね。やる気のない店が淘汰されることが、文化的な衰退を招いたり、文化的な損失と言えるのかな