はじめに
グダグダで何度も私を乱してくれたプロジェクトは、3月の終わりに私の担当範囲はすべてこなし、「あとは知~らない、がんばってね(鼻ホジ)」という状態になりました。このプロジェクトのせいで、遅延している他のプロジェクトに関しては、私が主体で動くものですので、「まあ根性でやってやるか」という状況です。決して忙しくない訳ではありませんが、他人に乱されることはないためどうにでもなるでしょう。
四十肩と腱鞘炎は徐々に快方に向かっています。しかし、ついうっかり生ビールのジョッキを右手で持ってしまったりすると、思わず「痛っ」と声に出してしまうこともあります。そもそも、ジョッキやグラスのビールは提供する店舗のビールサーバー清掃の質・頻度により味が左右される、という欠点があります。今回の腱鞘炎をきっかけに、飲み屋で飲むビールは極力「中瓶」にすることにしています。
冒頭から、関係のないことをダラダラ書いてしまいましたが、先日の松本旅行で思うところがあり、珍しく私から彼女を誘い、近場(松本よりは間違いなく近いが、決して自宅から近い訳ではない)である川越を日帰りで散歩してきました。
松本旅行の記事はこちら
川越散策①川越城跡(本丸御殿)・川越市立博物館・川越市立美術館
川越駅
電車を乗り継ぎ、乗り継ぎ、で川越駅へ。
私個人としては、高校生のころの友人が住んでいたため、川越は初めてではなく何度も来て、あちこち行ったことがあります。あとは、近場(決して近いわけではない)の観光地であるため、子どもの頃に両親に連れてこられた記憶もあります。
彼女とは、川越駅西口で待ち合わせをしました。駅付近の喫煙所でタバコを吸ったり、スタバでコーヒーを買ったりしてバスの出発時間まで、時間調整をしました。小江戸巡回バス(C01系統)で「博物館・美術館前」で降車します。2系統あるため、注意しましょう。
川越城跡(本丸御殿)
「博物館・美術館前」のバス亭で降りて、横断歩道を渡ると、川越城跡(本丸御殿)があります。
気持ちのいい天気です。散りかけではありましたが、桜がとても綺麗でした。
さて、彼女の感想を借りますと「これ本当にお城だったの?」ということです。私も、学生の頃に何度か来たことがあるのですが「へぇ…」という感想以外はありませんでした。
もともと川越城というのは、もっとも大きかったときで46,143坪(152,538.84㎡)というそこそこ広い城でした。城の大きさというのは、なかなか比較が難しいのですが。
面積だけで比較するのであれば、「文禄の役・慶長の役」の前線基地として、安土桃山時代に豊臣秀吉によって大拡張された、佐賀県の名城・名護屋城より少し小さいくらいだったはずです。もっとも、川越城には天守閣がありませんので、容積で比較をするのであれば、名護屋城よりはかなり小さめな城だったのでしょう。
もっとも、明治維新後の廃城令で廃城になり、現存している建築物としては、本丸御殿の一部だけなのです。もっとも、廃城になった城で「本丸御殿」が残っているのは川越城と高知城だけであり、非常に珍しいとは言えるでしょう。
ただし、現存してる本丸御殿などの遺構は160坪ほどの広さであり、「これ本当にお城だったの?」と言いたい気落ちもわからなくないです。
当然ながら、行政もそれを把握しており、高校野球の試合でも使われている老朽化した初雁球場などを移転して、空いたスペースを歴史公園として整備することを計画しているそうです。
球場は移転してプロ野球の試合が開催できる規模にする、という話を聞いたことがあります。どこに移転するかはわかりませんが、現在でも交通の便が悪いところにあります。街の中心部に土地はないのですから、更に遠いところに球場を作ってプロ野球の試合をやったら、渋滞などでとんでもないことになると思いますけどね…。基本計画策定の時と現在は、市長が変わっているため、新市長の腕の見せどころではないでしょうか。
◆ 川越市初雁公園基本計画
川越城だった地域は宅地化されてされていますが、所々、堀や土塁など、その遺構を観ることができます。川越市の郭町という町名が、ほぼ川越城の敷地と重なります。
◆ Googleマップ
彼女には、「さっきバスで通った高校とか、今から行く博物館、あの野球場や神社とか、あっちに市役所あるんだけど、その辺りまで全部城だったんだよ、まあ今はないんだけど」とフォローはしておきました。
川越市立博物館
(今回は日帰りですが)旅行に行くと、私たちは博物館や美術館によく行きます。だいたい、旅行の目的が博物館や美術館だったりするのです。
入場料は一般1名200円です、行政のサービスって最高ですね!隣接する川越市立美術館と2館通し、向かいの本丸御殿と3館通しだと、更に割引が受けられるそうで、ついでに川越市立美術館もサラっと観ていくことにしました。これで1人370円也。行政のサービスって(以下略
常設展では、川越城があったころの大きなジオラマがありました。
ちょっと残念だったのが、城下町の絵図とジオラマを両方、同時に観られるような工夫が欲しかったなぁ、ということです。松本市立博物館にも、大きいジオラマがあったのですが、絵図とジオラマを同じ位置から同時に観ることができたので、理解が捗りました。もっとも、私は予備知識があるため特に困らなかったのですが、予備知識のない彼女は「???」となっていました。まあ市民向けであれば仕方ないのでしょうか。
川越城を初めに建築した太田道灌(※1)や、川越の地名の由来となった源義経の正妻であるお郷御前(※2)の父親である河越太郎重頼をやたらと推すのは、土地柄ですね。太田道灌とか、よほどの歴史好きか「信長の野望」をやる人しか知らないでしょうに。
※1 太田道灌は江戸城の縄張りも行っている
※2 有名な静御前は側室
どこに言っても土偶やハニワを探してしまう私です。
関東平野(埼玉・茨城・群馬・栃木・千葉)に多く分布するミミズク土偶が、川越市立博物館にもあると聞いていましたが、見当たりませんでした。どうやら展示はされていないようです。
土偶やハニワとともに、つい探してしまう石棒。要するにチ〇コ(石直球)。
川越市立美術館
川越市立博物館を観たあと、チラっと川越市立美術館も観てみました。
ほとんどが撮影禁止だったので、特に撮れ高(?)はありませんでした。
川越出身で名誉市民であるという相原求一郎氏の作品。書いているのはほとんど北海道なんですね。私は芸術はサッパリなのですが、彼女が楽しそうにしてくれていたので、それでいいです。
いい時間になりましたので、昼食を摂りに行くことにしました。
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